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1級スリバチ・荒木町 [スリバチ]

スリバチを語る以上、「スリバチの聖地・荒木町」は避けて通れない。これほど見事な、かつ文化的(花街的?)香りの高いスリバチは知らない。 正に1級スリバチである。

荒木町現在・地形.jpg 

1級スリバチは自然にはできない。湧き水があり、周囲が削られると3方が囲まれる2級スリバチになる。上図右(Tokyo Terrain on the Google earth)では北東(右上)側で流れを堰き止めたダムが見て取れる。 

 荒木町江戸・明治.jpg

江戸時代は松平摂津之守の上屋敷だった。屋敷東側の坂は津の守坂と呼ばれている。右は明治16年のもの。この頃から池のほとりは景勝地となり、料亭が軒を連ねた。 

策の池.jpg 

スリバチの底の策(むち)の池は 小さくなってしまった。傍らに弁天様が祀られている。

仲坂上S.jpg 底に下りる坂は6つ、車が通れるのは1つしかなく、5つは階段である。その1つ、仲坂から池の方を見下ろす。

鈴新のスリバチS.jpg 

石だたみの坂上「とんかつすず新」の鈴木さんは町興しにも一所懸命である。自らスリバチを展示なさっている。ここのかつ丼はおいしい。 新宿通りから車力門通りを入り突き当りにある。


花びらの地上絵 [スリバチ]

2013年まで足掛け10年母の在宅介護をしていた。介護というのは、一定時間ごとにやることがあるので、長時間の外出ができない。

それではと、1回2時間ずつ、東京スリバチ学会の石川初副会長に倣ってGPSで地上絵を描いてみようと思い立った。1回で花びら1枚を描けば菊の花ができるのだ。出来上がってみると、菊には見えない。やはりテキトーではだめだ。

 菊の花.jpg


エンガ堀 [スリバチ]

enga_trace.jpg 

Google Earth使用。青が石神井川、赤が歩いたトレース。

PAP_0213.JPG

わが家の近くに江古田斎場がある。多くの斎場がそうであるように谷筋にある。その谷を歩いてみると「水路敷」の文字が現れ、明らかな暗渠となる(変な言い方だが)。調べてみると、石神井川の支流であるエンガ堀の一部であることが分かった。エンガ川という呼び名も見かけるが「堀」の方が多いのは、石神井川に合流する手前400m強の部分が堀であった時期があったためのようだ。台地からの湧水を集める典型的な「鹿の角」状をしている。GPSを持って歩いてみた(赤表示)。これだけカバーするのに何日かかかった。ほぼ全貌が分かりすっきりした。

 

 ←青地に「水路敷」の文字が見える。

 

 

 

 

 

CIMG8613s.jpg 

車止めのある典型的な暗渠。板橋、豊島、練馬の3区境付近。

桐が丘養護学校脇.jpg 

 「堀」跡をうかがわせる桐が丘特別支援学校脇の緑道。ここからまっすぐ北へ、石神井川に向かう。

積田牧場.jpg

 合流地点手前。「積田牧場大谷口搾乳場」の表札を掲げる門柱が。 

 耕整橋.jpg

エンガ堀の終点は石神井川の耕整橋。 

enga_meiji.jpg 

明治43年陸地測量部「下練馬」一万分の一から切取り。田んぼを緑に塗ってみた。エンガ堀も石神井川も周辺は細長い田んぼだった。 

 


3級スリバチ [スリバチ]

坂道を下ってゆくと登りになるところがある。谷である。東京スリバチ学会では3級スリバチという。その谷を下ると大抵今も水が流れている川にぶつかる。 上流にゆくと谷戸、そして谷頭にたどり着く。 三方が囲まれるので2級スリバチになる。

こうした台地の凸凹の出来具合を見ながら歩くと楽しみが倍加する。

牛込柳町.jpg

牛込柳町 ↑

左豊島・右板橋・先練馬.jpg 日大芸術学部前の通りを東から。左が豊島区、右が板橋区、凹みはエンガ堀の一部、その先は練馬区。 


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