千川上水 下流を歩く(2) [川・川跡]
豊島区を北東に進み、板橋区に入る。
地図は、今昔マップ 1896-1909。水路跡は青く着色。
水路があったことが分かる。 写真は下流側から見たもの。
上水路の端を示す真鍮製の「河界」の 標識が今も残っている。
下が標識のアップである。
③この信号の先は大山西町、地図にも「大山」の文字が出てくる。二又(変則五差路)をやや広い左の道を行く。ここを渡った角にもよく見ると「河界」標識がある。
④ここに、丸に「千」の千川上水の標石がかろうじて頭を出している。周辺を整備したときにも、残しておいてくれたらしい。
⑤さらに行くと、全身を現した標石がある。ところが、傾いていてどうなることかと心配した。
上の写真は左から、2010年から2017年にかけて写したもの。
中央では保護されているが、まだ心配。
そして、右のように寸詰まりではあるがめでたく生き残った!
この 「水神様」の祠も自らの霊力もさることながら、地元の方々のご努力の賜物である。
ここに、千川上水と水神様の解説板があり、なるほどと納得するとともに「世話役人一同」様の有難い存在を知るわけである。
⑥少し先で川越街道を渡る。緑の三角屋根はかつて「山中交番」と呼ばれていた。右方の学生さん三人の向こうに赤枠のカンバンが見えるが、上水はその右手を奥へ向かっていった。
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